洗い流しましょう 予断と偏見
平成27年2月22日
山都町立蘇陽南小学校PTA研修会


 皆さんこんにちは。
 今、私の心はとてもぽかぽかしています。その理由の一つは、1年生、2年生が大きな声で元気よく、しかもにこにこ顔で「こんにちは」とあいさつしてくれたことです。本当に嬉しくなりました。このような気持ちよいあいさつができるのは、家庭での基本的生活習慣のしつけが行き届き、学校での先生方の指導、そして子どもたちの楽しい生活があってのことと思います。もう一つの理由は、私が牛深小学校に勤めていたとき、担任していた○○君に出会ったことです。小学生時代以来ですから、約40年ぶりです。とてもすばらしいおじさんになっています。その人は、PTA副会長の○○さんです。当時の面影がどことなく残っています。牛深小学校で遊んだり勉強したりしたときのことを思い出しました。
 こんな気持ちで皆さんと人権問題について考えることが出来ること、大変嬉しうございます。
 はじめに少し自己紹介をします。私の名前は、先ほど、会長さんからご紹介いただきましたように、「中川ありとし」と言います。しかし、どなたからも「ありとし」とは読んでいただけません。私が牛深小学校に赴任したときのことです。校長室に、「中川です。よろしくお願いします。」と、あいさつに行きますと、校長先生は私の顔を密見つめ、「あたは、ほんなこて中川先生な?あよーっ。私は、名前を見て女の先生とばかり思って、職員に、『女性の先生が来る』と紹介しとったとに。あたは、本当に中川先生な?」とおっしゃいました。校長先生は、私の名前を「ゆき」と読まれたのでしょう。このようによく女性と間違われますが、私はこの名前が大好きです。私の名前は、父がつけてくれました。父は、「有紀。有紀という名前は、年を重ねる毎に年相応の人間になるようにと願って付けた名前ぞ。年相応の人間にならにゃんぞ!」とよく言っていました。今、71歳です。年相応の人間にはなかなかなれません。一生、勉強だと思っています。
 父が「年相応の人間になれよ」との思いから私の名前をつけたように、皆さんもお子さんの名前を付けられた時は、お子さん誕生の感動と親の思いを込めて名付けられたことでしょう。その親の思いを私の父が私に語ってくれたように、皆さんも語っていらっしゃることでしょう。その語りを、お子さんの人生の節目節目に語って欲しいと思います。あと1ヶ月もすれば、卒業式があり、修了式があります。6年生は中学校へ入学します。他の学年の子は一つ上の学年に進級します。また、1年に1度は誕生日が来ます。そのようなときに、小さいお子さんだったら、膝の上に抱っこして、背に手を回して、目を見つめて、お子さん誕生の感動を思い起こしながら、子の名前に込めた親の願いを語ってやってください。4年生以上の大きなお子さんなら、手を取り、目を見つめて語ってください。また、お子さんが落ち込んでいるなと感じたときなどにも話をしてやってください。落ち込みが長く続けば、不登校や引きこもりにならないとも限りません。いつも自分は家族から見守られているという感覚を常に実感させてください。このことは、思春期になっても同じことです。例えば、失恋したとき、入学試験に失敗したときなどにも、親の思いを語ってください。私は、大学入試に失敗して落ち込みました。このとき、父が名前に込めた思いを語ってくれました。同じことを聞いても、その時の心の状態で受け止め方が違います。前向きになれます。
 いつも語りかけてくれると、親が益々好きになります、親が付けてくれた名前を好きになります。これが、自分自身を好きになることにつながるのです。そして、子どもの心に自尊感情を育みます。自尊感情は、21世紀を生きる力の源です。この自尊感情の大部分は、包み込まれ感覚だと言われています。包み込まれ感覚とは、親や家族から見守れれている、包み込まれていると愛情を実感することで生まれます。ですから、膝の上に抱っこして背に手を回して目を見つめて語りかけることには意味があるのです。
 これから人権について一緒に考えていきますが、ただ聞いているばかりでは退屈です。一緒に身体を動かしたり、近隣の方と話し合ったりしながら人権について考えていきたいと思います。
 まず、みんなで「バースデーサークル」を作りましょう。今日は、2月22日です。今日が誕生日という人はいらっしゃいますか?(一人手が挙がる)
 あっ、いらっしゃいました。お誕生日おめでとうございます。前の方にお出でいただけますか。
 おいくつになられましたかとは聞きません。みんなで『ハッピーバースデー』の歌を歌ってお祝いしましょう。
 では、どうぞ。
 ??ハッピー・バースデー ツーユー。ハッピー・バースデー ツーユー。ハッピー・バースデー ディア ○○さん。ハッピー・バースデー ツーユー。??
 ありがとうございました。
 それでは、これからみんなでバースデー・サークルを作りましょう。バースで・サークルというのは、誕生月日順に並んで輪を作ることです。輪を作るときに、一つだけルールがあります。「私は○月○日生まれよ。あなたはいつ?」などと声に出して誕生月日を聞いたり、教えたりしてはいけません。声に出さなければ、どんなサインを出してもかまいません。ルールは分かりましたか?
 それでは、本日が誕生日の○○さんがここにいらっしゃいますので、○○さんの左が2月22日以降に生まれた方。右が2月21日までに生まれた方ですね。それでは、自分の生まれつきはこのあたりかなと、大方の見当を付けて、そのあたりの人と情報交換しながらバースデー・サークルを作りましょう。ではどうぞ。(身振り、手振りで数を表して誕生月日を確認し合って並ぶ)
 では、確認しましょう。「私は、○月○日生まれの○○です。」と紹介し合いましょうか。
 では、○○さんからどうぞ。(順次紹介していく)
 2カ所ほど順序が違ったところがありましたね。でも、ほとんど生まれ順に出来ています。これは、皆さんが互いに、「自分の生まれた月日を正しく伝えよう」「相手の方の生まれた月日を正しく理解しよう」という気持ちがあったから言葉に出さなくともこのようにほぼ正解に近いサークルができたのですね。社会生活の中では、この「正しく伝えよう」「正しく理解しよう」とする気持ちが大切ですね。夫婦であっても、親子であっても、家族であっても、心を伝え合うことが大切だと思います。その伝える力を発揮するのが言葉です。言葉は大切にしたいものです。
 せっかくサークルを作りましたから、隣近所の方と握手して、自己紹介をし合いましょうか。皆さんはいつもいろんな会合で出会っておられますので互いに名前はご存じのここと思います。ですから、名前の他に何か一つ、最近気づいたこととか、熱中していること、あるいはお子さんの名前や自慢できることなどを付け加えて紹介し合いましょう。5人の方と自己紹介が終わったら元の席に戻ってください。では、どうぞ。(笑顔で自己紹介をし合っている)
 ありがとうございました。皆さん笑顔で自己紹介をし合っておられました。挨拶の「挨」は心を開くという意味があります。心を開いて挨拶すると、同じ挨拶でも気持ちよくなりますね。私たちみんなが今のような気持ちで心を開き、交流ができると差別など起きないと思います。しかし、現実には差別があります。
 私たちの身の回りにはどのような差別があるでしょうか?そこに示していますのは、法務省のホームページに記載してあるものです。
 女性 子ども 高齢者 障害者 同和問題 アイヌの人々 外国人 HV感染者・ハンセン病患者等 刑を終えて出所した人 犯罪被害者等 インターネットによる人権侵害 ホームレス 性的指向 性同一性障害者 北朝鮮当局によって拉致された被害者等 人身取引
 このほか、いじめ、仲間外し、嫌がらせ、今、子どもたちの世界で問題になっていますのが、スマートフォン等での書き込みなどによるいじめがあります。
 人権問題の中でも、熊本県では、同和問題、ハンセン病問題、水俣病問題を、すぐに解決しなければならない人権課題として教育、啓発が行われています。
 そこに示しているのは、もう2年前になりますが、平成25年3月29日熊日夕刊「電話で話そう」に掲載されたものです。読んでみます。


                                    差別根強い熊本 今も変わらず残念

 私は四国の出身で、熊本に来て40年以上になりますが、同和問題やハンセン病問題など根強い差別体質が気になります。
 実は小学4年生の孫娘が先日、同級生から「あそこから先は同和地区だから行かない方がいい。付き合わない方がいい」と言われたというんです。熊本に来たころも差別が多いのに驚かされましたが、あまり変わっていないようです。いまだにハンセン病のことを何かと言う人もいますしね。
 私が育った県にもハンセン病療養所がありましたが、中学生のころにはもうそんな差別の話は聞きませんでした。私は菊池恵楓園に出入りして菊の育て方を習ったりもしました。 少しずつでもいい方向にいってほしいと思います。

 どう思われますか?
 孫娘さんが「あそこから先は同和地区だから行かない方がいい。付き合わない方がいい」と言われたと言うのです。子どもたちは学校で、どこは同和地区などとは習ってはいません。周りの大人たちの会話から知って、そう言ったのでしょう。昔から、差別意識は相続させない、間違った考えは相続させないようにしましょうと言い続けられています。しかし、未だにこのようなことが起きているのです。同和問題の中でも、結婚差別、就職差別、そして最近は土地差別がが大きな社会問題となっています。本人には何ら関わりのない、生まれ育った場所でこのような差別が起こるなど決っしてあってはならないことです。このおかしさに気づき、解消するために私たちは人権学習を続けるのです。私たちの心の中にある、差別意識を洗い流す学習活動を続けていくことが求められているのです。
 同和問題ばかりでなく、ハンセン病問題も克服しなければならない人権問題の一つです。熊本県では、ハンセン病問題に関する差別事件がいくつかありました。その中で、1つは、黒髪小学校事件です。それは、昭和29年、ハンセン病療養所菊池恵楓園に隔離されている人を父母にもつ子どもたちが熊本市の黒髪小学校への入学をPTAが拒否するという事件です。ハンセン病患者を親に持つ子どもたちと我が子が机を並べて勉強するなら、我が子もハンセン病に感染する、そんなことは断じて避けねばならないとの思いから起きた入学拒否事件です。薬の開発や、食生活の向上により、感染することはほとんど考えられなかったのですが、無ライ県運動などにより、ハンセン病は、怖い病気、うつる病気として恐れられていました。まさに、ハンセン病に関する啓発がなされていなかったがために起きた偏見による差別事件です。また、平成15年には、黒川温泉で、ハンセン病元患者の宿泊拒否事件が起きました。県では、ハンセン病問題に関して、教育・啓発活動を行っている中で起きた差別事件でした。この黒川温泉宿泊拒否事件は、黒髪小事件とは違います。教育・啓発によって、ハンセン病問題についてある程度理解ができた中で起きた差別事件です。この宿泊拒否事件から学ぶことは、ものごとを正しく学び、正しく理解し、相手の立場に立って判断し、日常生活の中で行動することです。このことを肝に銘じること思います。
 人権問題は、私たちの日常の生活と離れたところで存在しているものではありません。私たちの身近に、存在しています。また、先ほども言いましたように、私たちの心の中には、差別心が存在しているのです。それを、私たち自身が気づいていないだけです。ですから、私たちの心の中にある差別心を一つでも二つでも洗い流すために、人権問題について学習するのです。
 小学生が書いた、次の作文を読んでください。


                         ぼく いやだ
                                                         小学生

 昨日の日曜日、お父さんとお母さんとぼくの3人で海水浴に行きました。
 空は青く、気温は30度をこえていました。

 途中、道路工事のため、車を止めて待ちました。

 お父さんは、車を誘導している人を見ながら、
 「こんな暑いところで働ける?」
 と、ぼくに聞きました。
 それで、
 「ぼく、いやだ」
 と思わず答えてしまいました。
 すると、お母さんも
 「そうよね、しっかり勉強すれば、日曜日はお休みで、エアコンのきいたところでお仕事ができるわよ。」
と言いました。

 やがて、車は動きだし、誘導の人はおじぎをして送ってくれました。

 いかがですか?
 担任の先生は、「その仕事をしてくれる人がいなくなったら、どうなるの?」とコメントを添えて返したそうです。もし、皆さんがこの子の担任だったとしたらどのようなコメントを添え書きしますか?しばらく、考えてみてください。隣の方と話し合ってもかまいません。(隣同士で話し合う)
 子どもの幸せを願わない親はいないと思います。しかし、その願いや思いが時には間違った職業観や人間観を子どもに持たせてしまうことがあります。危険な仕事、きつい仕事などに携わっている人たちは、「学校でしっかり勉強しなかった」などと考えることは、職業に対する偏見につながります。親と子どもは強い信頼関係で結ばれています。子どもにとっては大きな影響力があります。子どもの年齢が小さく、批判的に物事を見る力が十分に身についていなければ、親の言葉をそのまま信じてしまうこともあります。このため、間違ったものの見方や考え方をしてしまったり、1つの価値観でしか物事を見ることができなくなってしまうことがあります。そして、それが固定観念や偏見を生み、差別意識へとつながっていくおそれがあります。熊日の記事にあった、同級生から「あそこから先は同和地区だから行かない方がいい。付き合わない方がいい」と言われたのはその例だと思います。このように考えると、親として自分の価値観や心の中にある人権意識を点検してみる必要があるのではないでしょうか。
 心のめがねが曇っていると、世の中のことが見えません。同和問題もハンセン病問題も、職業観も心のめがねと深く関係があります。わたしたちは、いつも心のめがねを磨いておくことが大切だと思います。
 私のことを話します。
 私は、旅行が好きで、妻と二人で中国、それも玄奘三蔵が仏典を求めてインドへ旅しましたシルクロードへの旅を何度もしました。長安の都、現在は西安です。ここからローマへと続くシルクロード。新疆ウイグル自治区は、砂漠あり、オアシスあり、遙か悠久の歴史あり、優しい人々の生活ありで、とてもすばらしい地域です。私たちは、中国新疆ウイグル自治区までしか行っていません。今から5年前の平成22年のことです。妻が「ウズベキスタンへ行こう」と言います。ウズベキスタンは、中央アジアのシルクロードの拠点の一つです。妻が、この話を持ち出したとき、私は即座に「あぎゃん危なか国には行くまい。」と言いました。ウズベキスタンの隣国はアフガニスタンです。アフガニスタンから連想されるのはイスラム過激派集団タリバンでした。ですから「危ない」と即座に思ったのです。外務省が出している外国の治安情報でもアフガニスタンの国境周辺は「渡航の是非を検討して下さい」です。それ以外も「十分注意して下さい」です。でも、妻はどうしても行きたいと言います。それで、治安について旅行会社に問い合わせました。「危険地域には立ち寄りませんので心配ありません」という返事です。外務省にも問い合わせました。外務省からは、「個人旅行ですか?ツアーですか?」と聞かれました。「ツアーです。」と答えると、「個人旅行する人も含めて治安情報を出しています。旅行会社のツアーだったら心配ないでしょう。」とのことでした。それで、渋々ウズベキスタン旅行に参加したのです。行ってびっくりでした。中央アジアの国、ウズベキスタンは、緑あり、砂漠あり、歴史遺産あり、暮らしている人々の優しさありとそれは素晴らしい国でした。私たちが訪問した、タシュケント、ブハラ、サマルカンドの都市は穏やかで人々はとても明るく治安の心配などみじんもないところでした。「ウズベキスタン 青の都サマルカンドを旅する」ツアーに参加してよかったと思いました。
 旅行最後の日、バスで移動中に、マリカさんという日本語ガイドさんが私たちにこう尋ねました。
 「みなさんの中で、ウズベキスタンに行くと言ったら『あんな危ない国には行かない方がいいよ』と言われた人はいませんか?ウズベキスタンにやってきてどうですか?危険な国と思いますか?」
と。ツアー参加者は、すばらしい旅行であったことを表す拍手で応えました。
 しかし、私は知人どころか私自身が「ウズベキスタン 青の都サマルカンドを旅するツアーに参加しよう」という妻に「危険地域だからウズベキスタン旅行は止めよう」と言っていたのです。
 ある一つの情報をそのまま信じて、「○○は○○だ」と思い込むことのおかしさを痛感しました。そのような思いにとらわれていた自分を恥じました。
 また、マリカさんはウズベキスタンの大学で日本語を学び、法政大学に留学して日本語を学んだということでした。そして、日本の旅行も楽しんだということでした。東京や鎌倉、奈良や大阪など、すばらしい所が一杯あったけど、京都が一番印象に残っていると話しました。そして、金閣寺や銀閣寺はとてもきれいだったが、最も心を動かされたのは竜安寺の石庭だったと言いました。竜安寺の石庭を見つめていると、心が癒されたと言いました。皆さんも修学旅行や個人旅行で訪れたことがあるでしょう。竜安寺の縁側に座り、掃き清められた石庭を見ていると、心静かになります。この竜安寺の石庭を造った人は、被差別部落の人だと言われています。室町時代、能を創りあげた観阿弥、世阿弥も被差別部落の人だと言われています。また、江戸時代、前野良沢、杉田玄白と日本で最初の解剖をした人も被差別部落の人だと言われています。被差別部落の人々が日本文化に果たした功績は大きいのです。
 私が一つの情報だけから、「ウズベキスタンは危険な国」と思っていたように、ある情報だけから判断してしまうことは大変危険なことです。それは、偏った情報からだけで判断すると、偏見を生み、偏見は差別心を生み、この差別心が、差別事件を起こさないとも限らないからです。また、無知、つまり、知らないことは、世間体であるとか一方的な見方に出会うと、偏見を生み出すことがあります。そして、差別心をうみ、差別へとつながりかねません。ですから、先ほどもお話ししましたように、正しく学び、正しく理解し、相手の立場に立って正しく判断し、日常生活の中で行動に移すことが大切なのです。
 おわりに論語の1節を紹介して話を閉じたいと思います。
 論語 學而第一1に次のような文があります。
  子曰、學而時習之、不亦説乎。有朋自遠方来、不亦樂乎。人不知而不慍、不亦君子乎。
 読みは、
  子曰わく、学びて時に之を習う、亦説ばしからずや。
  朋遠方より来たる有り、亦楽しからずや。
  人知らずして慍みず、亦君子ならずや。
 意味は、
学んだことを繰り返し実践していると、自然にいい習慣が身について来る。これは何とも嬉しいことではないか。志を同じくする友がはるばる遠方からたずねて来て、忽ち意気投合して語り合う。これは何とも楽しいことではないか。世間に認められようが認められまいが、そんなことは気にせず一層研鑽に励む。これは何とも立派なことでは あるまいか。
 というものです。
 学んでも、「知」として持っているだけでは、意味をなしません。学んだことを日常生活の中で繰り返し実践していて始めて自分のものとなります。
 学びと実践がつながって、差別のない明るい地域づくり、学校作りの先頭に、皆さんが立たれますことを祈念しまして話を終わります。
 ご静聴ありがとうございました。